多事雑論015 武道 ~柔道の術理~

小柄で非力な者でも大男を投げ飛ばすことができる――柔道定番の決まり文句だが、これだけでは全ての人を納得させることはできない。ホンマかいな、と思われてしまう。しかし「身長2mの大男でも石に躓けば転ぶ。それと同じ理屈だ」と付け加えれば、否定する人は居ないだろう。

武道には「剛法」と「柔法」の要素がある。剛法は拳や脚による打突打撃を中心とするもの。柔法は相手の力の流れを利用した投技・関節技を中心とするもの。
柔法は「柔(ヤワラ)」とも言われ、相手の力の流れを利用するため、非力な者でも怪力の巨漢に勝てるという建前である。

中学のとき所属していた柔道部には「脇締め」など過酷な練習メニューがいくつかあったが、なかでも「背負1000本打ち込み」という練習は過酷の極みだった。
打ち込みとは投げの動作を反復する練習法で、背負投げの場合は前傾空気イスの体勢で相手の全体重を背中に乗せる動作を反復する。1000本とは恐ろしい回数で、もうアカンと思い始めるのが200本あたりからであるから、あと800本という気の遠くなる残数にメンタルが折れる。我々柔道部員はこの練習がメニューに加わることを常に恐れていた。時々行われるこの練習の後は、柔道部が体育館横の給水機を独占し、ペダル踏みっぱなしでひたすら冷水を飲んだ。「あの夏の思い出」的なシーンである。
さておき、この練習では「背負投げ」は文字どおり「相手を背負って投げる技」だった。これでは、体格差が大きければ通用しない。

大学では合気道部に所属したが、講道館柔道の創始者・嘉納治五郎が合気道場を見学した際「これこそ真の柔道だ!」と言ったといわれることからも分かるように、合気道は柔道よりもさらにヤワラ、究極のヤワラである。
その合気道に、背負投げによく似た技がある。相手が木刀木剣をもって正面から面打ちしてきた場合、躰を反転して相手の足元に跪き、振り降ろす勢いを殺さずに相手の腕に手を添えて懐に引き込む。相手は自分の頭上を一回転して飛ぶ。
もちろん形稽古なのだが、ここで重要なのは「相手を背負って投げているのではない」ということ。背負うどころか、背に触れさえしないのだ。

合気道のこの投技と柔道の背負投げが頭の中でつながった私は、他の部員を呼び寄せ、背負投げの実験をしてみた。
柔道の背負投げの形稽古では、「釣手と引手で相手を崩しつつ『前に』引き出し、背に乗せて云々」と習ったが、
実験では合気道の投技と同様、「釣手と引手で『前に』でなく『真下に』引き落とし」た。相手は一瞬「うわ!」というような声をあげ、一気に一回転して飛んだ。この相手は体重90kg・筋肉ムキムキの同期生である。
相手からすれば、しゃがんだ私の背は大きめの石コロであり、石に躓くように前につんのめり、そこを真下に引き落とされたことになる。つまり相手は私の背には乗っておらず、私は腕力も使っていない。相手は私という「石コロに躓いて」「前回りに転んだ」のである。

私は、これが本当の背負投げだと思った。背負投げは「背負って投げるのではない」と。これこそ「ヤワラの術理」だと。
嘉納治五郎は欧州視察からの帰国航海中、船上で巨漢のロシア人士官を「大腰」という技で投げ飛ばして船客の喝采を浴びたという。大男でも、石に躓けば転ぶ――万人に通用してこその術理。
中学の柔道部の顧問の先生も、1000本の打ち込みなんてさせず、こんな風に「術理」を教えてくれたらよかったのに。