多事雑論013 理科 ~酸素①~

高校のとき、「水素と酸素って、ネーミングが逆じゃないの?」と、ふと疑問に思ったことがある。

酸素という言葉を分解すると「酸の素(もと)」。したがって、例えば「硫酸」「塩酸」「燐酸」など「○○酸」と名の付く物質の化学式には、当然すべてに「O=酸素」が含まれるはず。そこで、上の例を化学式に改めてみよう。
「硫酸=H2SO4」「塩酸=HCl」「燐酸=H3PO4」。そのほか、
「硝酸=HNO3」「酢酸=CH3COOH」「炭酸=H2CO2」「硼酸=H3BO3」「蓚酸=H2C2O4」「オルト珪酸=H4SiO4」…。
この中で、なぜか「塩酸」には「O=酸素」が含まれていないではないか。逆に、全てに含まれる元素は「H=水素」。

酸素自体の発見者はプレーストリーまたはシェーレ。酸素という名称の名付け親は、近代化学の父ともいわれるフランスの化学者ラヴォワジェ。ラヴォワジェは「質量保存の法則」の提唱者として知られる人物である。
プレーストリーは水銀灰・シェーレは硝石を強熱して「未知の気体」が得られることを発見。この気体に、前者は「脱フロジストン空気」、後者は「火の空気」と名付けた。
当時、燃焼前後の質量変化から「燃焼とは空気中から『何か』が加わることではないか」と考えていたラヴォワジェは、未知の気体の話を聞いて水銀灰の燃焼実験を行い、これを確認。これが「燃焼=酸化反応」という考え方の最初である。そしてこの気体が多くの物質と結合して「酸」を作ると解釈し、気体の元素に「oxygen=酸素」という名を付けた。

しかしその後、ヨウ化水素酸やシアン化水素酸の研究により、これらが酸素を含まないのに酸性を示すことが判明する。ここに、ラヴォワジェの解釈が否定されたのである。酸素は「酸」とは無関係だった。酸素という命名は誤りだったのだ。

酸を「酸」たらしめているのは「酸素=oxygen」ではなく「水素=hydrogen」だった。
ラヴォワジェは、フランス革命においてギロチンの露と消えた人物であり、「彼の頭を斬り落とすのは一瞬だが、彼ほどの頭脳を得るには一世紀あっても足りないだろう」といわれた偉大な頭脳であるが、彼が誤って命名した「酸素」というネーミングは改められることなく、未だに使われ続けている。高校生の疑問は、的外れではなかったのである。